EUで国際通貨基金(IMF)の欧州版となる「欧州通貨基金(European Monetary Fund=EMF)」を創設する構想が急浮上してきた。ギリシャの財政危機をきっかけにユーロの信用が揺らいでいることを受けたもので、危機に陥ったユーロ参加国をEUが独自に緊急支援できる体制の確立を目指す。欧州委員会が検討作業に入っており、実現すればユーロ圏にとって1999年の通貨統合以来、最大の機構改革となる。ただ、EU基本条約の改定など課題も多く、道のりは険しそうだ。
\EMF構想は、ドイツ銀行のチーフエコノミストであるトーマス・マイヤー氏と、ブリュッセルに本拠を置くシンクタンク・欧州政策研究センター(CEPS)のダニエル・グロス氏が先月に提唱。EUの中軸国であるドイツのショイブレ財務相が7日、独紙に「ユーロ圏の安定を保つために、IMFのような経験と権限を持つ機関が必要だ」と述べて支持を表明、メルケル首相も賛意を示し、急に現実味を帯び始めた。8日には欧州委員会の報道官が、同構想についてユーロ圏諸国と協議を開始したことを明らかにし、6月末までに具体案をまとめる方針を打ち出した。
\ユーロ圏では欧州中央銀行(ECB)が金融政策を担っているが、財政危機に陥った国を支援する枠組みはない。EU基本条約でEU機関がユーロ参加国を直接救済することが禁じられているためだ。リーマンショックに端を発した金融危機では、EUは非ユーロ参加国のハンガリー、ラトビア、ルーマニアに緊急融資を実施したが、深刻な財政危機に直面するギリシャへの直接支援は封じられている。
\EMF構想はこうした制度的欠陥に対応するのが狙い。EMFに各国の財政状況を監視する機能を持たせながら、危機に陥った国に緊急融資を行えるようにする。ただ、実現には時間がかかるため、ギリシャ財政危機への対応策とはならならない。欧州委の報道官は「ギリシャのような問題を再発させないためのアイデアだ」と述べ、将来を見据えた構想であることを強調した。
\ギリシャ危機の場合、IMFへの支援要請という道がある。しかし、ドイツなどはIMFによるユーロ参加国への支援はユーロの信用失墜を招くとして反対している。EMF構想には、いざというときにIMFに頼らずにすむ、EU独自のセーフティーネットを設けたいという思惑がある。
\ \救済より財政規律強化
\ \構想の具体化に向けては、EMFの資金規模、資金をどこがどれだけ負担するかといった運営上の問題や、ユーロ参加国に対する金融支援を禁じるEU基本条約の改正などが焦点となり、調整は難航しそうだ。さらに、構想そのものの是非について、現時点で明確に支持しているのは推進役のドイツだけ。フランスのラガルド財務相は「面白い」としながらも「絶対的な優先課題とは思えない」と歯切れが悪い。
\反対派の急先鋒となっているのが、ECBのシュタルク理事。EU条約を改正してまでEMFを設立するより、EUが財政規律を強化するのが先決という主張だ。
\EUには単一通貨ユーロの信用を守るため、各国に財政赤字を国内総生産(GDP)比3%以下に抑えることを義務付ける財政規律が存在するものの、違反国への制裁規定が発動された例がないなど厳格に適用されておらず、27カ国のうち20カ国が規律違反の状態。その最たるものが、財政赤字の“粉飾”発覚をきっかけに財政危機が表面化したギリシャだ。
\シュタルク理事は独紙とのインタビューで、こうした点を問題視し、「EMFの代わりに財政ルールを強化するべきだ」と語った。これにはECB次期総裁の有力候補である独連銀のウェーバー総裁も同調し、9日の記者会見で「(ギリシャの)財政再建が問題となっているときに、組織的な救済について協議するのはふさわしくない」と述べ、安易な救済が各国の財政均衡努力を鈍らせるとの考えを示した。
\EMF構想の具体案とりまとめでは、こうした批判に応じたモラル低下防止策が盛り込まれる可能性があり、独ショイブレ財務相は英フィナンシャル・タイムズへの寄稿で、金融支援を受ける国に「高い代償を払わせなければならない」として、補助金支給凍結、EU財務相理事会での投票権剥奪、さらにはユーロ圏からの追放といった制裁条項を付けることを提唱した。
\ \投機的CDS取引、禁止を検討
\ \一方、欧州委のバローゾ委員長は9日、ギリシャの財政危機に関連して問題となっている投機的なクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)取引の禁止を検討していることを明らかにした。
\欧州委が問題視しているのは、公的債務不履行のリスクを対象とするCDS取引。これは本来、国債を保有する投資家を損失のリスクから守るための保険の一種だが、ギリシャ危機では実際には国債を持たないヘッジファンドが投機目的で短期的な売買を繰り返し、市場の混乱をあおっているとの批判がある。
\バローゾ委員長は欧州議会で、こうした「純粋に投機的なCDS取引」は許されないとの認識を示し、年内に規制案をまとめる意向を表明。EUが20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議でも同規制を呼びかける方針を示した。
\欧州委は同問題について3月初めに調査を開始していたが、これまで規制の可能性については言及を避けていた。今回のバローゾ委員長の発言で、規制に向けて大きく踏み出した格好となった。
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