欧州委員会動向、EU域内産業・サービス・政策をウオッチ

2019/10/21

EU情報

英首相がEUに離脱期限延期を要請、協定案で合意も議会が採決先送り

この記事の要約

EUと英国は17日、英の離脱条件に関する新たな協定案で合意し、同日に開かれたEU首脳会議で承認された。

英本土から北アイルランドに流入する物品については、EUの関税は適用されないが、EUに輸出する目的で入ってきたものは課税される。

これを受けてジョンソン首相は、10月19日までに英議会が離脱協定案を承認しなければ離脱期限を2020年1月31日まで延期することをEUに要請するよう政府に義務付ける法律に従い、同日夜にEUのトゥスク大統領(欧州理事会常任議長)に離脱期限の延期を要請した。

EUと英国は17日、英の離脱条件に関する新たな協定案で合意し、同日に開かれたEU首脳会議で承認された。しかし、英議会は19日、新協定案の採決を先送する動議を可決。このため英政府は31日となっている離脱期限の延期をEUに要請した。それでも英ジョンソン首相は週内に離脱案可決に持ち込み、予定通り31日に秩序ある形で離脱することを目指しており、離脱の先行きは予断を許さない情勢だ。

協定案で最大の懸案となっていたのは、英国にとってEUと唯一、地続きでつながる英領北アイルランドとEU加盟国アイルランドの国境管理問題。英国とEUは、北アイルランドとアイルランドの紛争に終止符を打った1998年の和平合意に基づき、離脱後も北アイルランドとアイルランドの間に物理的な国境を設けるのを避け、物流やヒトの往来が滞らないようにすることで合意しているものの、それをどのような仕組みで実現するかは難しい。

このため、昨年11月にEUと当時の英メイ政権が合意した離脱案には、EUを離脱した直後に双方の関係が激変し、貿易などに大きな影響が及ぶのを避けるため原則的に2020年12月末まで設けられる「移行期間」中に最終的な解決策で合意できない場合に、期限付きで英国が関税同盟にとどまる「バックストップ」と呼ばれる措置の導入が盛り込まれた。

これに関して英議会は、バックストップによって英国が離脱後もEUのルールに縛られることに反発し、離脱協定案を3度にわたって否決。英国は離脱協定を批准できず、離脱期限が当初の19年3月末から10月31日に延期され、英メイ政権は退陣に追い込まれた。

7月に就任した英ジョンソン首相は、協定案からバックストップを削除するよう要求。英政府は2日にバックストップの代替案を盛り込んだ新たな離脱協定案を提示し、合意を目指して実務者レベルの交渉を進めていた。

合意した新協定案は、北アイルランドを含む英国全体は移行期間終了後にEUの関税同盟から離脱するが、北アイルランドに関しては英国の関税区となると同時に、工業製品と農産品についてはEUの関税ルールも適用され、実施的にEU単一市場と関税同盟に残るという内容。これによって税関検査は北アイルランドとアイルランドの間で行われず、和平合意の精神に沿って厳格な国境管理が復活するのを避けることができる。

北アイルランド議会には同制度を受け入れるかどうかを決める権限が与えられる。同意した場合も、4年ごとに継続の可否を判断する権限を持つ。

バックストップでは、英国全体がEU関税同盟に当面とどまるため、同期間中は英政府がEU域外の第3国と自由貿易協定(FTA)を締結することができなかった。この障害は新協定では取り除かれる。北アイルランドにもFTAが適用され、地域内で生産した製品は英本土の製品と同様の条件で輸出することが可能となる。

ただ、同制度の仕組みは複雑だ。通関手続き上の国境はアイルランド島と英本土にはさまれたアイリッシュ海に引かれ、港湾で税関検査が行われることになる。英本土から北アイルランドに流入する物品については、EUの関税は適用されないが、EUに輸出する目的で入ってきたものは課税される。また、非関税は「さらなる加工」を必要としない物品に限定される。製品が他の国に運ばれ、加工されることなどを防ぐためで、英国とEUが移行期間終了までに合同委員会を設立し、該当製品に関する明確な基準を設ける。

EU側は当初、英の新提案に否定的だった。しかし、英側が歩み寄り、EU側が当初から提案していた北アイルランドだけを関税同盟にとどめるという案を実質的に受け入れたほか、北アイルランドの物品についてはEUの付加価値税(VAT)に関するルールを適用することに同意。これで一気に交渉が進展し、合意にこぎ着けた。

英下院は19日に新離脱協定案をめぐる採決を行う予定だった。しかし、協定案が可決した場合に、国内法の整備が間に合わず、「合意なき離脱」に至ることを警戒する超党派議員が、必要な関連法が可決されるまで協定案の採決を先送りするという動議を先に提出。賛成322票、反対306票で可決された。

これを受けてジョンソン首相は、10月19日までに英議会が離脱協定案を承認しなければ離脱期限を2020年1月31日まで延期することをEUに要請するよう政府に義務付ける法律に従い、同日夜にEUのトゥスク大統領(欧州理事会常任議長)に離脱期限の延期を要請した。ただ、ジョンソン首相はトゥスク大統領への書簡で、離脱期限のさらなる延期は「英国とEUの利益を損なう」として、10月末の離脱をあきらめていないことを強調した。

与党・保守党は下院で過半数を割り込んでおり、ジョンソン首相が離脱協定案の承認を取り付けるためには閣外協力する北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)や野党、無所属議員の一部を引き入れる必要がある。DUPが新協定案では北アイルランドと英本土が分断されるとして猛反発しているほか、主要野党も反対を表明しており、可決は難しいとみられていた。採決先送りの動議の投票でも、DUPが10人全員と野党の大半が賛成に回った。

ところが、同動議の採決では最大野党・労働党では6人が造反したほか、無所属議員の一部が反対票を投じた。英フィナンシャル・タイムズによると、採決先送りには賛成したが、離脱協定案をめぐる採決では賛成に回ると見られる議員が少なくなく、協定案が採決にかけられれば賛成320票、反対315票の僅差で承認される見通しという。

英政府は離脱延期を要請したものの、EUが検討し、延期を正式に認めるまで数日間はかかる見込み。ジョンソン首相は、この間隙をついて協定案を可決させ、31日に離脱するという戦略を描いているもようだ。21日に関連法案を可決し、22日に協定案の採決に持ち込むとの見方が出ている。