欧州委員会動向、EU域内産業・サービス・政策をウオッチ

2021/10/18

EU情報

EUが北アめぐる通商ルール見直し案発表、英政府に大幅譲歩

この記事の要約

EUの欧州委員会は13日、英国と締結した離脱協定のうち、英領北アイルランドで導入された通商ルールに関する見直し案を発表した。英本土から入る物品の通関・検疫手続きを大幅に緩和するという内容だ。ただ、英国側の要求とは大きな隔 […]

EUの欧州委員会は13日、英国と締結した離脱協定のうち、英領北アイルランドで導入された通商ルールに関する見直し案を発表した。英本土から入る物品の通関・検疫手続きを大幅に緩和するという内容だ。ただ、英国側の要求とは大きな隔たりがあり、問題が解決するか見通せない情勢だ。

EUと英国の離脱協定には、北アイルランドとアイルランドの紛争に終止符を打った1998年の和平合意に基づいて「北アイルランド議定書」が盛り込まれ、北アイルランドはEU単一市場と関税同盟に残ることになった。北アイルランドと地続きで国境を接するEU加盟国アイルランドの間に物理的な国境を設けず、英の離脱後も物流やヒトの往来が滞らないようにするためだ。

これによって北アイルランドは英国領でありながらEUの通商ルールが適用される「特区」のような存在となった。英本土から北アイルランドに流入する食品など物品については、国内の移動であるにもかかわらずEUの厳しい食品・衛生基準を満たさなければならず、通関・検疫が必要となる。

EUのルール緩和案は、英政府が同ルールによって北アイルランドで物流が混乱するとして、北アイルランド議定書で取り決められた通商ルールの抜本的な見直しを7月に要求したのを受けたもの。衛生植物検疫措置(SPS)を緩和し、食品などの検疫検査を80%減らす。具体的には、英本土からトラックで北アイルランドのスーパーに多種の食品を輸送する際、個別の検査を不要とし、全商品がEU基準を満たしているという証明書があれば、それをチェックするだけで済ます。

この緩和措置はソーセージなど冷蔵食肉製品にも適用される。EUでは域外の第3国からの冷蔵食肉製品の輸入を禁止するルールがあり、北アイルランドにも適用されるため、英国から北アイルランドに同製品を出荷できない問題が生じていたことに対応する。

また、通関規制も緩和し、商品の価格、取引する事業者に関する情報など基本的な情報を提示すれば済むようにし、必要な書類手続きを50%削減する。このほか、北アイルランドではEUの薬事規制が適用されるにもかかわらず、英本土からの医薬品供給が滞らないようにすることも決めた。

EUは規制緩和によって英国製の物品が北アイルランド経由でアイルランドなどEU加盟国に裏口輸出されるリスクが拡大するのを防ぐため、当該製品に「国内でのみ販売可能」というラベルを表示するなど、英政府に不正輸出防止対策を講じることを求める。

英政府は北アイルランドの物流混乱問題に、英本土から入る食品などの複雑な通関・検疫手続きを免除する「猶予期間」を延長するなどして対応してきた。しかし、これらの措置は一時しのぎで、根本的な解決が必要として、議定書に盛り込まれた関連ルールの見直しをEUに求めている。EU側は議定書そのものの改定には応じないものの、その枠内で調整するという方針に沿って、今回の見直し案をまとめた。欧州委は「注文通り」の内容だと胸を張る。英有力紙フィナンシャル・タイムズによると、英政府内でもEUが予想を上回る譲歩を示したとする声が出ている。

ただ、英国側は本土から北アイルランドに入る物品のうち、北アイルランド経由でアイルランドなどEUに輸出されるものだけを通関・検疫手続きの対象とすることを求めており、「緩和」だけでは要求を満たしていない。さらに、北アイルランドの通商ルールをめぐる紛争を欧州司法裁判所の管轄とするルールを撤廃し、EUと英の共同仲裁機関に委ねることを強く要求しているが、欧州委は応じなかった。

今後は英国でEU離脱問題を担当するフロスト内閣府担当相と欧州委のシェフチョビチ副委員長が協議する。フロスト内閣府担当相は15日、「EUは確かに努力した」と述べ、大幅に歩み寄ってきたことを認めながらも、「なお大きな溝があるのは明らかだ」とコメント。英国側がさらなる譲歩を迫るのは確実だ。合意に至らなければ、不測の事態が生じた際に英国またはEUが一方的に、取り決めの一部を履行しないことを認めるという離脱協定の特別条項に基づく権利を発動する可能性もある。