スイスの中央銀行SNBは6日、スイスフランの対ユーロ相場の許容上限を1ユーロ=1.20フランに設定すると発表した。急速に進むフラン高がスイス経済の大きなマイナス要因となり、デフレリスクも現実味を帯びていることに対応した格好で、SNBのフィリップ・ヒルデブラント総裁は「外貨を無制限に購入する準備がある」と明言。フラン高の阻止に向けた強いメッセージを市場に送った。ただ、今回の措置は日本円をはじめとする他の避難通貨の一段高やインフレにつながりかねず、今後の成り行きに注目が集まりそうだ。
\SNBは午前10時前にフラン相場の上限設定方針を発表した。これを受けフランの価値は対ユーロで一気に10%ほど下落。それまでの1ユーロ=1.1フランから一時は1.2151フランまで低下した。その後も1ユーロ=1.20~1.21フランの範囲内で推移しており、効果は上がっている。
\スイスフランの対ユーロ相場は2007年秋の時点で1ユーロ=1.68フランと、フラン安の状態にあった。だが、その後フランの価値は上昇。この傾向は09年12月に強まり、今年4月と7月に加速した。8月10日には同1.03フランまで上がっている。SNBは事実上のゼロ金利政策と量的緩和で対応したが、効果は上がらなかった。
\フラン高騰は輸出と観光産業を中心にスイス経済に大きな打撃を与えている。同国の第2四半期の国内総生産(GDP)成長率は前期比で実質0.4%となり、09年第2四半期以来の低水準へと低下。輸出企業の多くは外貨ベースで増収増益を確保しても、フランベースでは業績が伸び悩んでいる。
\スイス最大の経済団体economiesuisseが8月中旬に実施した会員企業アンケート調査によると、フラン高を「会社の存続にかかわる問題」とする回答は輸出型企業で20%を超えた。「大きな問題」も同約40%に達しており、合計すると60%を上回る。生産拠点や部品調達先を国外に切り替えることを検討している企業は多く、1ユーロの交換価値が1.20フランを長期間下回った場合、輸出型産業では就業者の5%に当たる2万5,000人が削減される見通しだ。フラン高に伴う価格競争力の低下を受け、製造業受注は6月以降、大幅に落ち込んでいる。
\フラン高は内需型産業にも影響を及ぼしている。為替の効果で価格競争力が高まった国外の部品メーカーが、スイスの輸出企業から受注を獲得し、輸出企業に依存する国内の中小企業を駆逐し始めているのだ。小売価格の安いドイツなどの周辺諸国に「買い出し」に行くことが消費者の間に広がっていることは流通業に打撃を与えている。
\ \過去のフラン相場上限設定ではインフレ招来
\ \輸入物価の下落を受けてデフレ懸念も視界に入り始めており、8月の消費者物価指数は前年同月比の上昇率(インフレ率)が0.2%にとどまった。SNBは消費者が商品価格の下落を見越して消費を抑制し、それが物価をじわじわと押し下げていくデフレスパイラルの到来に警戒感を示している。
\SNBが外貨を大量に購入すると、フランの流通量が大幅に増えるため、将来的にインフレを起こす恐れがある。
\SNBは第2次石油ショック時の1978年にフランがドイツマルクに対し約40%高騰した際、フランの上限レートを1マルク=0.80フランに設定し、フラン売り・マルク買い介入を行った。これは効果を挙げたものの、4年後に6%超のインフレを招いており、今回も同様の副作用が出るとの懸念がある。
\SNBのフラン相場引き下げ政策が成功すると、投資マネーの避難先は1つ減少する。このため、今後は他の避難先にこれまで以上の資金が流入する恐れがある。金やドイツ国債、米国債のほか、フランに次ぐ避難通貨である日本円の相場もさらなる上昇が懸念されており、船出直後の野田政権は難しいかじ取りを迫られそうだ。
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