世界最大の国際情報通信技術見本市「セビット」が16日、独北部のハノーバーで開幕した。ドイツをはじめ世界各国で経済のデジタル化が大きな関心を集めていることを受けて、今回はメインテーマに「デジタル」と「エコノミー」を組み合わせた造語「ディ!コノミー」を選定。メルケル首相は前夜の開幕講演で、現政権が同分野で重点的に取り組むポイントを説明した。官民一体で推し進める「インダストリー4.0」プロジェクトに関してはこれを補完・増強する動きが出てきた。
政府は情報通信技術(ICT)が社会生活、企業活動のあり方を大きく変えようとしていることを踏まえ、包括的なハイテク戦略「デジターレ・アゲンダ」を昨年8月に閣議で承認した。デジタル化の進展を産業競争力の強化や生活の質の向上につなげる考えだ。
そのなかで最も重視されているのはICTを活用した製造業の革新プロジェクト、インダストリー4.0で、2011年にスタートした。ドイツが強みを持つ製造業分野で主導的な立場を強化することを狙っている。
立ち上げ当初はこれに対抗する国外のプロジェクトはなかったものの、米企業AT&T、シスコ、ゼネラル・エレクトリック(GE)、IBM、インテルは昨春、モノのインターネット(IoT)の実現に向けて標準化団体「産業インターネット・コンソーシアム(IIC)」を設立。米国のほか日本や中国の企業も加入するようになると、独企業はこれを警戒するようになった。製造業が中心のインダストリー4.0に比べIICは対象範囲が広いうえ、ICT分野では米国企業の方が競争力が高いためだ。標準規格をめぐる競争では多数派の企業に支持されるものが優位に立つため、インダストリー4.0は世界から孤立して取り残されかねないという懸念も大きい。
国際連携も重視
インダストリー4.0のこうした弱みを補う目的でドイツでは最近、2つのプラットフォームが相次いで立ち上げられた。1つは個々の消費者や企業のニーズに見合った製品・サービスをひとまとまりにして提供することを目指す「スマート・サービシズ」、もう1つは中立的であるとともにセキュリティが確保された企業向けデータ空間の実現を目指す「インダストリアル・データ・スペース」だ。
グーグルやアマゾン、アップルといった米国のIT大手は検索エンジン利用者などの莫大なデータをもとに事業モデルや新製品を開発する能力にたけており、ITとはこれまで直接関係のなかった自動車開発にも乗り出している。産業のIT化がこれら米企業の主導で進むと、アップルが展開する製品開発・製造の事業モデルが示すように、ドイツのメーカーはこれら企業の「下請け」と化し、主導権を奪われる懸念がある。
スマート・サービシズはこれに対抗する取り組みで、同プラットフォームのカーガーマン委員長(元SAP社長)は『フランクフルター・アルゲマイネ』紙に「インダストリー4.0が生産を起点とするのに対し、スマート・サービシズは利用者とそのニーズから出発する」と説明した。
インダストリアル・データ・スペースは企業が製品開発などの重要データを安心して利用・保管するとともに、他の企業と交換することで新たな付加サービスを生み出すことを目指している。特にITセキュリティ対策が弱い中小企業の利用を促したい考えで、同プラットフォームを支持するヴァンカ教育・研究相は「インダストリー4.0がもたらすチャンスを中小企業が活用できるようにしたい」と明言した。
政府はインダストリー4.0をドイツが単独で推し進めるのでなく、欧州レベルに拡大することを目指している。また、日本、中国とも協力していく考えで、安倍首相は先ごろ訪日したメルケル首相との共同記者会見で、「インダストリー4.0を通じて、日本とドイツで第4産業革命を起こしていく」と前向きな姿勢を示した。ドイツが国際連携を重視する背景には米国の動きに対する警戒心があるもようだ。