被用者が重大な違反行為を行った場合、雇用主は雇用関係解除契約の締結を当該被用者に提案することがある。解雇すると裁判に持ち込まれ時間と手間がかかるため、その無駄を省くためにそうするのである。
雇用関係解除契約には通常、被用者が同契約を不当して提訴しないことを取り決めた条項が含まれる。最高裁の連邦労働裁判所(BAG)が12日に下した判決(訴訟番号:6 AZR 82/14)でこの条項に関して判断を下したので、ここで取り上げてみる。
裁判はドラッグストア大手ミュラーの店員が同社を相手取って起こしたもの。同社員は2012年12月27日、市販価格1ユーロ程度のインスタントスープを2つ、倉庫から失敬し飲食した。これを知った店長は翌日、同社員とオフィスで話し合いを実施。雇用関係解除契約に署名しなければ即時解雇を通告するほか、刑事告発も行うと伝えた。これを受け、同社員は同契約に署名した。契約には同契約の撤回を求めて提訴しないとする条項が含まれていた。契約書は雇用主サイドが作成したものだった。
原告は署名したことを後悔し、その日のうちに同契約の解除を通告するとともに、雇用関係の継続確認を求めて提訴した。
最終審のBAGは2審判決を破棄して、裁判をハム州労働裁判所に差し戻した。判決理由で裁判官は、被告が原告と結んだ雇用関係解除契約は原告がその否認を求めて裁判で争う権利を奪っていると指摘。そうしたことが許容されるのは即時解雇の脅しが違法でない場合に限られるとして、原告に対する即時解雇の脅しが違法でなかったかどうかを審理して判決を下すようハム州労裁に命じた。原告の横領行為が即時解雇に値しないと判断される場合は、即時解雇の脅しが違法となり、雇用関係解除契約の無効が確定。原告は引き続き雇用されることになる。
裁判官が今回の判断の根拠としたのは民法典(BGB)307条1項の規定だ。同条項には普通約款の作成使用者(ここでは被告企業ミュラー)が信義義務に反して契約相手(原告社員)に不利な取り決めを行った場合、その取り決めは無効となると記されている。原告の横領行為が即時解雇に値しないにもかかわらずミュラーの店長が即時解雇すると脅したのであれば、信義義務に反することになる。
BAGは少額横領をめぐる別の裁判(スーパー大手カイザース・テンゲルマンで総額1.3ユーロを横領したレジ係の即時解雇をめぐる訴訟)で、重大な理由があれば少額横領でも即時解雇が可能なケースがあるとしたうえで、解雇が正当なのは服務規程違反により労使の信頼関係が修復できないほど壊された場合に限られると指摘。長い勤続期間(具体的には32年)のなかで一度も処分を受けていない場合はわずか一度の問題行為で信頼関係は壊れ得ないとして、雇用主はまず警告処分を出して信頼関係再構築のチャンスを与えるべきとの判断を示した。
ミュラーの原告社員は勤続期間が11年と比較的長く警告処分も受けていないことから、差し戻し審で勝訴する可能性が十分にある。